どうしてこんなことに☆

…一体どうしてこんなことになるんだろう。

後藤騎手がまさか急に世を去ることになるとは。
世を去る後藤騎手の心中や、残されたご家族の心中はいかばかりのものか。
明るく楽しく競馬を伝えてくれる人物であり、そして不屈の闘志を競馬で見せてくれた、素晴らしい人物と、こうして突然お別れしなければならないのは悲しみにたえませんが、今はただ、静かにご冥福をお祈りします。

それにしても、中1男子の悲しく痛ましい事件があったばかり。
どうして?どうしてこんなことになってしまうんだろう。

とても悲しいことが立て続けに起こってしまい、何とも重苦しい心境です。
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生きるパッション☆

先週末は仕事の関係で会食。
その席で面白い言葉を耳にしました。

「人生にはパッションが必要」

思わず、岡本太郎先生の再来かと驚きました。
でも、とてもしっくりするし、好きな言葉です。
確かにパッションは大事ですよね。

このお相手の方の真っ直ぐさや内に秘めてる炎を感じて、とても楽しい会食となりました。
まあ、私もまわりには「タジ、相変わらず燃えてるな」と言われる方なんですが、そんな私が静かにうなずきながら話を聞いてしまうところに、この方のパッションの凄さがお分かりいただけるかと思います。
しかし、私が燃える男なのか何なのかは、このブログだけでは伝わらないかもしれませんね…うまくない例えだったかも(苦笑)

翌日は馴染みの飲み仲間と昼飯へ。
そこで「タジさん、長生きできないな。」と言われたので、「それまた何で?」と聞いてみると、「だってタジさん、食うのが早えーもん!」だそうです。
まあ確かに、噛む時間が短いと消化が不十分に…という意味ではなくて(笑)、「俺も長生きできないタイプだから。俺たち生き急いでるもん。 」とのことでした。

なるほど。お互いタイプは違うけど、目の前のことには全力だよね。
飲み方も健全とは言えないし(苦笑)
まあ、最終的には長生きしようが早死にしようが、どっちでもいいやっていう笑いで昼食を終えました。

そして、パッションっていう言葉がしっくりくるのは、言葉そのものを意識しなくとも、その意味するところを感じながら生きてるのかもしれないなあ、なんて思いました。
もちろん、無茶や無謀をそのせいにすることなく、楽しく生きていきたいですけれどもね。

有形無形を問わず☆

形にこだわっていると、形の向こう側にあるものが見えなくなる。
無形のものにこだわっていると、社会の価値観とズレが生じる。

極端が決して駄目ではなくて、それを上手く活かせる環境を作る、もしくは作ってもらうかが大事ですよね。
一番いいのは、両方の意識を持つことですかね。

自分がハッピーなのは、自分とは違う個性で、自分の足りないところを補う隣人がいるからこそ。
ハッピーのはじまりは、感謝の心から、かな。
感謝の心のはじまりは、自分にも他人にも正直になること、かな。

損得勘定に明るい処世術って色々あるけれど、それはそもそも理論やそれを生かす知能が必要という以前に、人間性が伴っていないと正しく機能しないんじゃないかなって思うんですよね。
そう。処世術が駄目なのではなくて、そこに人としての良心がこもっているかどうかだと思うんです。

頭でっかちになってもいいけど、心の大きさも伴ってでっかくなれば、とってもとってもいいですよね。
清貧や至誠も素晴らしいけれど、濁れる世に汗してコツコツ生きるひたむきさや、みんなと泣き笑いを共有し、苦楽を共にできる人情も、とっても大切ですよね。

ああ、何て欲張りな私。

知る・理解する・待つ☆

皆さん、お久しぶりです。

毎日をエンジョイしていますか?
私は毎日が格闘ってところでしょうか。まあ、格闘っていうくらいなので、エネルギッシュに生きてます。
楽しいのか楽しくないのかよく分からないけれど、とりあえず一生懸命に生きていれば、後々振り返ってみた時に笑えるのかなというくらいに思っています。

さて、表題の件。

私は「決めつけ」をしないように心掛けています。
まあ、理論的なことから感覚的なことまであるので、そう簡単なことではないのですが、でも簡単ではないからやらないというのでは少しも進歩がないので、そういうことを積み重ねているところです。

感覚的に受け付けない自分をなぜ受け付けないのか考えてみますし、理論的には厳しくても惹かれる感覚にとらわれるのは何なのかを考えたり。
いずれにせよ、考えてみないことには何なのかが分かりませんし、当然ながら時間もかかります。
その時間は、1分かもしれませんし、1日かもしれず、はたまた1ヶ月かかることもあれば、もうとっくにそんなことを忘れてしまうくらいの年月かもしれません。
でも、真剣に考えると、どこかで納得できる時が来るのかなって思っています。
そういうのを、私は人生のご褒美みたいなものかなって思ってるんですけれど、どうですかね(笑)

人間性や文化に触れる時、すぐワクワクドキドキしたりすることもあれば、その時はビンと来なくても、人生を歩んでいくうちに触れたことの意味を知ることもあると思うんですよね。
もちろん、どっちも間違いじゃないと思います。

例えばそういう感じで、これからも視野を広げて耳を澄ませ、時には泣いたり笑ったりしながら、幸せを噛み締めていきたいものですね。