自分を変えて☆

先日、親しい友人達で集まり、新年会をしました。
久しぶりに見る顔もいて懐かしかったのですが、皆それぞれに元気に活躍しているようで嬉しかったです。

話の種にと、私はアトリエに通うことをきっかけに勉強をはじめた発達障害の本を、新年会に持って行きました。
もちろん、飲み会の席にわざわざ本を持っていくなど、飲んだくれの私には人生初の試みだったのですが(笑)、話を切り出してみると、皆一様に「ええっ!タジが!?」と驚きはしますが、発達障害というもの自体は何人か知っていたので、意外と話は盛り上がりました。
まあ、私が今の仕事に就いていること自体、学生時代の私を知る友達からは「珍事」として扱われているのですが、だからこそ風変わりなタジらしい話として、聞いてくれたのかもしれません。
ただ私が懸念していたことも、やはりその通りになってしまいまして、発達障害という特徴や個性は認めても、それは世の中の一部に過ぎない、という程度の認識からそれ以上話に関心を持ってもらえなかったことです。
要は、障害なんてものは自分とは関係がない他人事という意識が強いということですね。
私の情報伝達力が弱いというのは認めますが(汗)、それだけ発達障害というものは、それを認め、関わってきた人達以外には、今は未開の原野のような領域なのだと思います。
それから私が通うアトリエは本来、幼児や学童を主な対象としていることから、「タジ、保育士になったらどうなの?向いてるかも」という、意外なご意見も頂戴いたしました(笑)

ちょっと横道に逸れましたが、社会全体が発達障害に対して認識が低いのは、当然に分かっていたのではありますが、それを理解してもらう努力から、まずはコツコツやっていかなければならないな、と思いました。
発達障害については、とある経営者が以前、某全国紙に「我社にも今後そういう人材が入ってくる時のことを考え、理解のある環境を整備しなければならない」というような話をしていたことがありました。
この話、パッと見ると「この社長さん、理解があるな~」と感心するでしょう?
でも、実際は発達障害の触りの部分を知っただけのことであり、この経営者さんはきっと、自分の会社に既にそういう方がいることや、そもそも昔からいたことをご存知ないのであります。
とは言え、現代社会においては、この社長さんのように障害を受け入れようとする姿勢は、まだ先進的で理解がある方なのかもしれません。

発達障害と一口に言いましても、実に様々です。
でも、それをよく理解するように努めない限り、障害に対する偏見、というより社会が抱える様々な偏見を打破できないですし、詰まるところ人が人を理解することさえできないのかもしれません。
発達障害からは離れますが、東日本大震災後の我が国を見ても、そう思うのです。

ただ、残念な思いばかりでもいられません。
私自身も大きく変わり、より良い未来に寄与していかなければならないと、気を引き締めているところです。
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コメント

  • 2013/01/06 (Sun) 11:34

    こんにちは~

    重い話題をしっかりと解りやすく書かれるのは変わらず素晴らしいですね

    この件は、実は私も全然無関心ではいられないところもあるのですが、
    やっぱりまだ、世の中的に難しいところが多いかな~というのがいつもの実感です
    とはいえ、タジさんのような方が増えれば、少しずつでも良くなってくると思ってます。

    優しい世界になると良いですね

    コロリンパパ #- | URL | 編集
  • 2013/01/06 (Sun) 13:20
    社会はまだ成熟していません

    コロリンパパさん、こんにちは!
    こちらの記事にも目を通していただき、どうもありがとうございます!

    コロリンパパさんも発達障害に関心があるのですね。それは私にとって、大変心強いことです。
    今後とも、よろしくお願いします!

    発達障害の度合いや種類を考えれば、実際には無関係な人はいなくなるんですけれども、社会にはまだそれを受け入れる土壌が出来上がっていませんからね。

    優しい社会、優しい世界という言葉は素晴らしいと思います。
    コロリンパパさんが口にしたこの言葉を、私も好んで使わせていただいていますが、それは仮に私達の世代で叶わなくても、コロリンパパさんやダテスイキョウさんのお子さん達が社会で活躍する時代には、せめてその土台くらいは私達の手で残したいものです。

    現代社会は成熟した社会と表現する向きもありますが、本当は戦前戦後の価値観を土台につくられてきた社会であり、それは確かに豊かさや未来を築くことに役立ったものの、その際に生まれた多様性などを受け入れるところまでには至っていないように、従来の一般的な価値観だけでは行き詰まりつつある、と言い換えることができるかもしれません。
    多様性というものを認めても、その価値観を生かしきれていないのですから、本当の意味ではまだ未熟な社会なんだと思います。
    それは、この社会が相互理解を強く必要としていることの表れではないでしょうか。

    コロリンパパさんにとって、今年は変化の年だとおっしゃっていましたが、自分にとっても、今年は変化の年になりそうです。
    昨年にも増して、お互いに協力していきましょう!

    タジ #- | URL | 編集
  • 2013/01/06 (Sun) 19:17
    ちょっと、カミングアウトしてみる?

    タジさん、こん**は。

    発達障害の話、実は、自分も興味あります。
    と言いますか、書店でアスペルガー症候群の本を買って読んで
    見たところ、自分にピッタリ一致するところが多数(笑)。

    自分のブログは、タジさんやまっきーさんみたいに見てくれる人
    の事考えて記事書いていませんし、運よくタジさんみたいに共感
    してくれる方がいたから、他の方とお繋がりになれた様なモノです。

    自分では、障害なんて思っていない所があるのですが、やはり、
    友達とか少なかったですし、会社でも、人間関係にずっと悩んで
    きました。人の心を上手く察する事が苦手。馬の血統とか得意
    分野だけは、一生懸命勉強するなど、よく言えばマイペース、
    悪く言えば、日本では、強調性が無いと言われてしまうタイプです。

    タジさんと、長文の激論してしまったりとか、タジさん携帯で打って
    る事を良く考えろよ(笑)。かと言われてしまいそうです。

    なので、会社辞めて、実家で自営業やっている方が気楽ですし、
    タジさんやコロリンパパさんの様に、自分の個性を理解して頂け
    る方には、本当に感謝しています。

    海外などでは、アスペルガー症候群の人だけを雇って、その
    得意分野を活かしている会社もある様です。日本でも、そういう
    会社が増えれば、日本にいる自分と同じ様なアスペルガー症候
    群っぽい人を活用すれば、自分が血統配合面に特化して他人
    に貢献できた様に、いろんな分野での貢献が期待できる様な気
    がしますね。

    そんな感じで、ちょっとカミングアウトしてみましたが、いろいろ
    失礼なところはあると思いますが、今まで同様ブログでの遠慮
    無いお付き合いの程、よろしくお願いします!

    日本も、戦後のみんなと同じ、横並びの教育から、個人の得意
    分野をを伸ばしていく方向に教育の舵を取れれば、日本の子育
    ても人に優しい社会へと大きく変わる様な気がしてます。
    (今日は、この辺で。タジさんに迷惑かけない様に。)

    長谷川枕山堂 #- | URL | 編集
  • 2013/01/06 (Sun) 21:54
    長谷川さん、ありがとう!!

    長谷川枕山堂さん、こんばんは!

    眩しいくらいに真っ直ぐな長谷川さんらしくはありますが、それでもこのようなことを誤解を恐れずおっしゃっていただくとは、さぞ勇気のいることだったと思います。
    人間、心の中を打ち明けるというのは容易なことではありません。
    言葉を口にする時、骨が折れるものです。

    さて、発達障害についての話ですが、その特性を持つことが弱点でも何でもありません。もちろん傾向の強弱などはあります。
    長谷川さん一人が特別なのではありません。私ももちろんありますし、みんなもあります。
    私も発達障害のことを知り、世の中や人に対する、たくさんの疑問を解決できましたよ。
    これは、豊かな個性なのです。
    ちなみに、かの小泉前首相もご自身にかかる特性があることを、お認めになっています。

    アスペルガー、ディスレクシア、ADHD、LD…
    障害というものはそれぞれに特徴はありますが、それが能力の優劣ではないのです。
    問題なのはそれを理解しようとせずに、従来の形式的で簡易な判断基準で、深遠な世界を測ろうとすることです。何でもかんでも正常と異常に分けたがるセンスが問題なのです。
    それは多様性の理解と発揮に何の役にも立たず、むしろ妨げにもなりえることなのです。

    私は以前、長谷川さんと議論したことがありましたが、長谷川さんの人柄に対する信頼がそれで揺らぐことなど全くありませんし、むしろ長谷川さんの個性をよく知るきっかけになりました。
    また、その甲斐あって、実に様々な知識を得ることができました。これは全て、相手を信頼し、理解しているからでありますし、仮に長谷川さんがご自身で申し上げた特性があったからと言っても、「そうなんですか!素晴らしい才をお持ちだと思っていましたよ!」とお答えするだけです。別に、どうと言うことではありません。

    しかし、長谷川さんはご自身に目覚めて、それを理解してもらえる環境で今、御活躍されています。
    きっとご家族、隣人のありがたみを知り、噛み締めていることと思いますので、それだけでもう十分に人を理解しているのですよ。
    その幸せを知ろうとしない「忘恩」こそが、人を知らないということなのです。
    ただ、こういうことを知らない環境というのは、世の中のいたるところにあると思うので、そういう社会がいい社会なのかどうかと言うことですよね。
    長谷川さんがご指摘した欧米での取り組みは、日本にも当然必要だと思います。教育の分野に限らず社会全般に、同時進行で必要なのです。

    私はこれを、ずっと探して生きてきたように思います。
    だから、これについてのあらゆる努力は不退転の決意で、揺るがないのです。
    図らずも、コロリンパパさんが変化に立ち向かう道を選びました。
    私も人生を考えずにはいられません。

    さて、様々な発達障害があり、その数だけ人の個性があるのはお分かりいただけたと思いますが、だからこそ私達は協力し、互いのいいところを伸ばし、補い合っているのです。
    それこそ、社会の原点なのです。

    タジ #- | URL | 編集

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