あの日から☆

東日本大震災が起こった、あの日。

あの日から、もうずいぶん月日が経ったように思えるのですが、復興が進まない現状を見ると、そこには時間が止まったかのような錯覚に見舞われて、改めて震災の大きさを感じずにはいられません。
復興ばかりではなく、原発の在り方を巡っても、一筋縄ではいかない議論が巻き起こり、未だに結論が出ていません。
かと思えば、もう他人事のように、何事もなく過ごしている人もいます。

世の中、色々あるものです。簡単に白黒言えるものばかりではありません。
でも、つまらない話にこだわることなく、よりよい明日を目指して行動していきたいものだと思います。
私は人に何ができるだろう、と自問自答しながら、これからも頑張っていきますよ。
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コメント

  • 2013/03/13 (Wed) 20:04
    あれから二年

    タジさん、こんばんは☆
    東日本の大震災からもう2年ですね。
    普段は旦那と愛犬の世話と愛馬の心配で手一杯でなにも世間様にはよいことはしていませんが、特集番組を見るとなにかしないとって”気だけ”しますね^^;

    そうそう今日NHKのクローズアップ現代で発達障害の番組されていましたよ。
    見られました?
    番組を見てタジさんをふと思い出しました(笑)
    日本もそろそろ個性の時代になりつつあるのに、社会の対応が遅れている印象がしましたよ。
    ・・・って知識のない物は口出ししない方がいいですね。

    ぼんちゃん #- | URL | 編集
  • 2013/03/14 (Thu) 07:30
    関心を持つというのが大切です

    ぼんちゃん、おはようございます!

    大震災から、早くも二年が経過しましたね。
    誰もが、震災復興のために、何が何でも行動しなければならないとは、私は思いません。
    ただ、ぼんちゃんのように、普段の何気ない生活というものが、当たり前かもしれないけれど、実は幸せなんだと思えることや、隣人の大切さをみんなが感じることができれば、そこから未来が開けるように思います。
    震災と自分、いや、震災と自分達というような対照で、何を考えられるかなんでしょうね。
    そしてぼんちゃんは、阪神淡路大震災をご経験されていますから、きっと何かを思わずにはいられないのでしょう。

    当初、私は震災後の天栄村のお米作りを微力ながら支援していましたが、こちらは徐々に賛同者が増えてきたこともあり、もっと人にとって根本的な支援の必要性と、私自身の人生における探求へと軸足を移すべく、ご存知のように、発達障害の学習や、関連することへの対策を考えるようになりました。
    それが私にとっての、「未来」への責任のように感じたものでして。

    私は仕事をしていたので、その番組は見ていませんが、そういうことを取り上げて、社会的に認知・理解してもらうのは大変良いことだと思います。
    ただ、「病気の人」と「そうではない人」とか、「発達障害にはこんな傾向がある」とか、決まりきった病人への目線でこの障害を考えると、大いなる誤解を招いてしまうので、そこは報道の方々にも気をつけて欲しいのですが…大丈夫でしたか?

    つい先日も、某国営放送のニュースを見ていて、「あ、このニュースキャスターの人達は、あまりこの問題を理解していないなあ」と思ったものですが、報道の人がそんな調子なんですから、まだまだ世の中で理解されるには、まだ道のりは遠いと感じました。
    発達障害は「かわいそう」ではなくて、「個性」なんです。
    ただ、その個性が強すぎると、社会への適応が難しくなる可能性は確かにありますから、その点を家族や友達がちゃんと個性を理解して、向き合えれば、個性は個性として、ちゃんと生きるのだと思います。
    逆にその「個性」が、社会に素晴らしい恩恵をもたらすことだってあるのです。だから「個性」でもあり「才能」でもあります。

    ね?復興支援と何だか似ているでしょう?
    そしてこの考えは、夫婦や恋人、家族や友人、様々なことに当て嵌めることができます。
    物事は理解する、理解しようとする気持ちが大切なんですよね。理解できれば、足りないところをフォローできるように動きますし、良いところは伸ばしてあげたくなります。

    ただ、無関心だとこのようにはなりません。そして、無関心からは何も生まれません。
    関心を持つことが、あらゆる物事を前に進める第一歩なのだと思っています。

    ぼんちゃん、これからも関心のあること、どんなことでもけっこうなので、ご意見寄せてください!
    それは、私のためにもなりますので、お気軽にどうぞ!

    タジ #- | URL | 編集
  • 2013/03/16 (Sat) 14:14
    遅くなりましたが

    タジさん、こんにちは☆
    遅くなりましたが、番組の返信です。
    NHKのクローズアップ現代の発達障害の問題、実にすばらしい番組でしたよ。
    あの内容を見て、私は”障害”って言葉自体を使うことがどうかなって思いました。
    個性の延長線で十分だと思いました。
    それ以上にその個性をどう社会に生かすかを積極的に取り組んでいる会社の特集だったので、同じように指導者の立場にある旦那にも細かく解説して聞かせました(笑)
    人と違うってことは、人と違う感性なり違う目線で見れるってことで、新たな大きな発見もあるようです。

    番組で紹介している以上に深刻な、それこそ問題のある方もいらっしゃるかもしれませんが、それも考えようによってはいろいろ解決の糸口があるかもしれませんね。
    ちょっとした解釈や価値観の変化で救われる人もいると思います。

    東北の震災のことは、どちらかというと嫌な思い出を思い出すのでできるだけ見たくないってのはありますね。
    もちろん何かをしてあげれば・・・って気持ちもありますが。
    古傷が痛むというか・・・

    そうそう、震災で痛感したのは本当の友達ですね。
    それを知ったのは一番の収穫でした。
    人間の絆は苦しい時に一段とつながりますし、本当に必要な人も見えてきます。
    あ、ついでにいうと震災で旦那も見つけました・・ノロケでは一応ありません^^;
    長話失礼しました。

    ぼんちゃん #- | URL | 編集
  • 2013/03/17 (Sun) 11:16
    それは素晴らしい!

    ぼんちゃん、おはようございます!
    返事が遅くなりまして、申し訳ありません。

    震災のことについては、先日も述べたとおり、先の阪神淡路の震災でぼんちゃんも物心両面で多大な被害を被られたことと思いますし、その時に「何が必要なのか?」を深く理解して、今もこうして生きているということが、素晴らしいのだと思います。
    それを、私達に伝えられるのですよ?これほど、素晴らしいことはないではありませんか!

    また、ぼんちゃんは元来、感受性が非常に強い方だとお見受けしています。なので、自分に決して無理しない中で、震災や人と向き合えればいいのだと思います。
    私は、「復興のために〇〇する」という、物的・人的支援だけが、支援ではないと思います。その行動の根本たる「隣人への思い」が何より大切なのです。
    ですから、支援とは「実績作り」や「格好つける」ためのものではないのです。
    そういう動機の支援であれば、それは既に「支援」ではなく「企み」と言えるのではないでしょうか。

    ぼんちゃんはご主人さんをはじめ、家族みんなをとても大切にしていますから、こうしたご家庭から活力が生まれ、それがやがて日本経済の活力になるわけですから、「心」を持つことで十分復興に寄与しているのだと、私は思います。
    なので、ぼんちゃんは何もしていない、のではありません。既にしているのですよ!

    発達障害のことを、ご主人さんともお話したのですか!
    それはまた素晴らしいことをされましたね!
    管理職の方であれば、特に必要なことだと思いますよ。
    人の得手・不得手の意味を知ることができれば、より人への理解が進むことでしょうし、人それぞれの特徴には、意味があるということも分かるでしょう。
    理解が生まれれば信頼も芽生え、信頼が深くなれば、よりよい組織、ひいてはよりよい社会へと繋がっていくのだと思います。

    発達障害の分野は、幼児教育の中で様々な取り組みやバックアップする体制が作られてきているようですが、それはつまり、早い段階で、そういう傾向を持つ子供とそれを理解できる環境の整備が必要だということの表れだと思っています。
    大人であれば、言うまでもありますまい。

    でも、発達障害というのは、何も特別ではないということが、お分かりいただけて良かったです。
    発達障害を理解していく内に、それが自分であれ他人であれ、何か思い当たることが必ず出てくると思います。
    つまり、私にも、ぼんちゃんにも、他のみんなにも関係のあることで、世の中に関係のない人は、実はいないのだと私は思うのです。

    ぼんちゃん、いつも有意義なお話、どうもありがとうございます。

    タジ #- | URL | 編集

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