感動のメソッド☆

トウカイテイオーが世を去りましたね。
競馬で万人を感動させた偉大な馬でした。
世間で競馬を知らない人でも、テイオーの名前は知っているくらいでしたからね。

無敗の二冠に輝き、父シンボリルドルフの再来と言われた頃。
完璧ってあるのかと、みんな思ったんじゃないでしょうか。
親子二代で気高い強さを纏っていて、ドラマみたいなことってあるんだなあと思いました。
騎手が安田隆行元騎手っていうのも、シブくて良かったですよね。

でも、本当のドラマは古馬になってから。
春の天皇賞で、メジロマックイーンとの世紀の対決にワクワクしたけれど、結果は、えっ?ええっ!?みたいな(笑)
しかもまた骨折しちゃって。

秋の天皇賞で復帰したけれど、ダイタクヘリオスと一騎打ちかと思いきや、共に失速してレッツゴーターキンに負けるなんて、何てこった。

世界の強豪がズラリと並んだジャパンカップでは、トウカイテイオーは既に色褪せてしまったように見えていましたが、レースでは何の何の。
直線でのナチュラリズムとのデッドヒートは、物凄く感動しました。
「テイオー、すげえ」
その一言に尽きる名勝負。
全然予想もしないテイオーの復活劇に、自分の見る目の無さというのか、超一流の凄さというのか、信じ続けることがいかに大切かを痛感しましたよね。
強くても、負けることがあるし、負けることが弱さではないんだ、と。
テイオー、ごめんよ。
大切なのは、そこだったんだなあ。

これで完全復活間違いないと思った有馬記念では、何故かうんともすんとも言わずに、メジロパーマーの大逃げを許しちゃうんですから、もう純朴なタジ青年には訳が分からない!(笑)

でも、そこから休養に入り、丸一年後の有馬記念に再びトウカイテイオーが登場してくれた時には、そこではもう夢の大レースに顔を出してくれてありがとう、くらいにしか思えませんでしたね。

その有馬記念では、本格化した後はライバル達に影すら踏ませない強さを誇るビワハヤヒデが、順調な調整過程で登場してきており、面白みを感じないほどの先行抜け出しで他馬を寄せ付けない様は、競馬がドラマではなくなってきているのを感じました。
とりあえず強いことは間違いないので、私は率直に「ビワハヤヒデVSその他」だと思っていました。

現実的な常識の厚い壁、厚いリアルの存在であったビワハヤヒデが、当然のように有馬記念の最後の直線で、赤子の手を捻るようにライバル達を置き去りにしようとしましたが、その瞬間、一年のブランクを抱えたトウカイテイオーだけが、まさかまさか唯一ビワに迫ると、あろうことか並んで、そして交わしてしまった!?
…こんなことがあるのか!?

驚きと感動で終わったその年の有馬記念。
翌日の某スポーツ新聞の見出しに「奇跡日本一」の言葉が踊っていました。
そうなんですよね。
奇跡なんですよ。強さとか展開とか、そういう尺度を超えたものが、あのレースにはありました。

オグリキャップやトウカイテイオー。
勝っても負けても、国民に愛され続けた偉大なる名馬。
そして、名勝負を繰り広げた夢のような時間。
同じ時代を生きることができて、幸せだと思いました。
また、完璧なんて世の中にはないし、負けてもくじけちゃいけないということを、その走りで見せてくれたのがオグリやテイオーだったように思いますし、それを理解できる空気が、まだ世間にはありました。

その頃からずいぶん長い歳月が経ちましたが、現代ではディープインパクトのような完璧な強さに代表される、失敗は悪みたいな風潮が漲るようになり、つくづく時代は変わったなと思います。
強い馬、凄い馬は現れても、国民に愛されるまでには至らないのが、今という時代であります。
それは今の馬や競馬に問題があるのではなくて、世の中がそんな感じになってしまったように思います。

トウカイテイオーという一頭の名馬にして、時代そのものだったとしみじみ思うのであります。

失敗しないとか、百戦百勝とか、いつでも上手くいくことばかりとか、そんなものには逞しさや美しさは感じない。
そういうものは、もっと生き生きしているものだと、私は思っています。
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