愛情…確かに☆

コンビニのアイスコーナーに、人が入った映像がインターネット上で流されるという、またまた残念な話がありました。
しかも、今回は店員ではなくてお客がこんなことをしてしまっている。
どう考えても理不尽な営業妨害であります。

似たような事件が後を絶たないところを見ると、一連のニュースに何も感じていない人間が意外に多い?と思うと共に、「自分もできる」「自分ならこんな表現ができる」「別に悪気はないんだから」という感覚でしか認識してないのかな、と冷静に見ています。
怒りを通り越して、こんな世の中になってしまったんだな、と思いましたし、それは社会を構成する我々大人の問題でもあるなと、反省しています。
なぜなら、彼らに何が大事なことかを、何も伝えてあげられていないのだから。

先日、美味しいスイーツと美味しい話を求めて、某店にお邪魔した時にも、自然とこの話になりました。

私はブログで書いているような持論を淡々と話したのですが、意気投合したのは「ルールを作って再発防止に努めるのは、ないよりマシだけど、ほとんど無意味」ということです。
この言葉だけを読んだら、現場の努力を無視するのかとお叱りを受けるかもしれませんが、そんなことを指摘したい訳でもなければ、そんなことを意図している訳でもないのですが、しかし、一連の問題は、人間の個性に由来する、もっと根本的な問題ではないかという訳です。
理屈が分かるなら、そもそもこんなことをするはずはないんです。それをやってしまう現実に、もっと目を向けていかなければいけないとなると、ルールでは足りないことになります。

何か?
愛情だと思うんです。
恋愛とかではないですよ(笑)
家族の愛というか、そういう深い愛情ですね。

愛情があって、はじめて思いやりの心が生まれますし、思いやりの心があれば、人を大切にしますよね。
別に難しいことではないんです。でも、社会はおろか家族単位においても、それが今は薄らいでいるのかもしれない。

そこにルールを持ち出しても、上辺だけ、言葉の羅列をただ覚えてもらうに過ぎない状況が生じる可能性がありますし、現実にそれが問題や事件として表面化しているのだと思います。

ただ、今回お邪魔したこのお店の方は一味違う感性というか、より深くこの問題を見ていたようで、さすがの私もお話をただただ聴き入るばかりとなりました。
というのは、

「冷蔵庫の中に入ってみたり、パンの上に寝転んでみたり、食べ物を台なしにしてしまうことを何とも思わない感覚って恐い。
期限が切れたら確かに用無しかもしれないけれど、じゃあ、いつもあんなに大量の廃棄を出してしまっているの?無駄にしてるの?

廃棄になるんだからいいんだという感覚が日常的にあるから、あんなことをしちゃってるのかもしれないけれど、でもそれだけ、お店は無駄な仕入れをしているのかな?

世界を見渡せば、あちこちに貧困で喘いでいる国があり、飲食を口にすることもままならない人々がいるのに、日本ではこんなにも簡単に食べ物を捨てられるのかな?
食べ物で遊べるなんて…
すごく悲しい。」

涙をいっぱいに溜めて、真剣にお話してくれたお店の方の顔が忘れられません。
と同時に、こんな大事なことを、私も深くは考えていなかったんだと、ただただお話に耳を傾け、反省いたしました。
そして、こんなにも情熱を持って商売をされていることに、感銘を受けました。

仕事は真剣なものです。
と同時に愛情も必要なんですね。
いや、これこそが愛情なんだと思いました。

お話と言い、このお店の和のスイーツと言い、とことん癒し系であることを実感しましたが、癒しもまた、愛情ですものね。
スポンサーサイト

コメント

  • 2013/09/08 (Sun) 02:30
    大変夜分に申し訳ありません

    大変夜分のコメントで申し訳ありません。

    このシリーズ?のお話。
    実は、非常に感銘を受けつつ、毎回、読ませて頂いております。

    今まで何度かニュースで報道された『食べ物を粗末にしている映像』は、思った事を思った通りに書くと、とんでもなく辛辣な感想になってしまうのですが、タジ様の言う通りだと思います。

    畏まらずに振る舞う事が、社交的で良いという風潮も若干あるのかもしれませんが、やはり何事においても、見ず知らずの相手に対しても礼節を弁える事は、大切だと思う今日この頃です。

    ラム王子 #- | URL | 編集
  • 2013/09/08 (Sun) 06:54
    社会の今を垣間見る

    ラム王子さん、おはようございます!
    つまらぬ小人の戯言に、いつもお付き合いいただきまして、どうもありがとうございます!

    飲食店で起こるこの一連の問題は、幼稚であると同時に愛情が足りてないことを垣間見ることができるように思います。

    肝心なことが分かっているのなら、やろうとする気さえ起こらないことだと思いますが、物事の価値観や守るべきルールを認識していない乳幼児と全く同じ次元のことを、分別を持って当然と思われる年齢の人間がやらかしている訳です。
    いかに図体が立派でも、感覚は乳幼児とまるで変わらないという訳ですが、問題なのは自分の家ではなくて、お金をやりとりする場所、それも大事な食べ物を扱うところでやってしまっているんですから、知らない分からないで許されることでは当然ありません。
    そういうことを理解するのにいちいち保護者をお呼びして、分かるように手取り足取り教えて差し上げなければならないのか、ということなのですが、それなら逆に職場の側がお金をもらう必要があるのではないかと思ったりもします(笑)
    しかし、これが冗談にもならない話になっているのが、一連の状況なのでしょうね。
    これらは、まともな社会人なら大なり小なり思うところではあると思うのです。

    ブログでもそうですが(それ以外のネット上の交流も含め)、ブログでの表現だからこれでいいとか、ブログだから汚い言葉でも一方の相手を傷つけようとも思ったことはズケズケ言うとか、もしくはネット上のお付き合いなのだから、礼儀を欠いてもそれでいいとか、自分が楽しければそれでいいとか、そんなことを肯定できる訳がないんです!!
    実際に相手と向き合って、そんなことができるかを考えて欲しいんです。
    交流する以上、それがどんな形であれ、相手への敬意とか節度は必要ではないでしょうか。

    こういう状況が続いているのを見ていると、世間でも家庭でも、妙に賢くなってしまったせいなのか、理詰めになりすぎて、人間同士が向き合うことが少なくなって、物事の本質がなおざりになってしまっているのが、今の世の中なのかなって思います。
    そういう空気が、今がよければ、自分がよければそれでいいという感覚を促し、周りや後のことを何も考えなくさせているように思いますね。

    でも、私たちの社会で起こっていることなので、私も批判ばかりではなくて、日常のことを反省しながら生きていかなければならないな、と改めて思っているところです。
    くだらない事件ではあるのですが、当たり前のことが当たり前ではなくなっていることに、思ったよりも社会は深刻なんじゃないかと思う今日この頃です。

    タジ #- | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する