出資戦略概論②☆

前回の出資戦略では、優先出資の認識について説明させていただきました。

優先出資の制度は、あって損ではないけれど、必要以上に固執することもない、というのが大まかな内容です。
優先出資をゲーム感覚で楽しむ方もいらっしゃるでしょうから、その楽しみを否定はしませんし、色々な見方で一口馬主の楽しみを見出だすのは、けっこうなことだと私も思います。
ただ、出資において「先手必勝」は必ずしも成功の条件になるとは限らないのもまた事実であります。

こうして冷静に考えてみると、何の変哲もない、当たり前の話なのですが、大多数の個人的な感想や期待感がまるで総意のように形成され、大衆心理が働いて大多数に流されていくのもまた、競馬の世界に限らず、世の中のあちこちで見受けられることではないでしょうか。
その行き着く先が何なのかは、私には分からないですけれども。

こうして当たり前のように潜んでいるリスクを明らかにし、限られた予算であっても、一口の初心者であっても、気軽に参加し、長く楽しんでもらえるような工夫や努力を、クラブばかりに要求するのではなくて、一口馬主の間でもやっていこうではありませんか、というのが、この出資戦略概論を書いている主旨です。
自分のみの喜びや幸せを追求するというのでは、私には狭苦しいのです。


私は四世代に出資している、一口馬主としては浅いキャリアに属していますので、一口馬主のみんなにとって良いことは何かと考えるのは、僭越なことこの上ないかもしれません。
まして、その企ても容易なものではありません。

しかし私は、お仲間さんやこれから後に続く人達に、夢を見られるような環境や、現実的な果実を手に入れられるような、そんな環境の整備に邁進しようという、強い意思に突き動かされて筆を進めています。
私を励まし、勇気づけてくれた方や、惜し気もなく自分の知識を伝えようと努力する善意ある方への感謝と共に、私も自分のできる限りにおいて、一口馬主の質的向上について取り組んでまいりたいと思っています。


さて、今日は出資におけるベテラン一口馬主の優位性について、考えてみたいと思います。
ベテランではない私が何を…という話ではあるのですが、今までの交流や経験の中から、ハッと気が付いたことがあるのです。

長年経験を積んだ一口馬主においては、人生における価値観の違いはあれど、それぞれに成功と挫折を味わいながら、その経験則から独自の哲学を確立していることが多いように思われます。
それは、自分に過度のプレッシャーがかからないような、自分にとって快適な出資戦略を、既に構築していると考えてもいいでしょう。
それらを類推していくと、一口馬主におけるあらゆるリスクを、ある程度は予見する力があり、また肝とも言える競走馬の出資についても、長年の経験で磨かれた相馬眼に、それなりの信憑性があるとも言えます。
言われるまでもないかもしれませんが、それはぜひ信じていただきたいところです。

さて、その経験が一体どこで活かされるのかについては、私は優先出資期間以後の話になるのではないか、と思っています。
月日が経ち、段々と成長が見えてくると、その馬が良いのか悪いのかは、少しずつ分かってきます(優先出資期間においてそれを確信できるものはあるのか、ということも併せて考えていただきたい)。
そうなれば、素人もベテランも誰でも分かるじゃないかと思われるかもしれませんが、実はよく分かっていないのが現実なのです。

理由の一つとして、馬よりも人の意見を気にしている、ということが挙げられますが、いずれにしろ、いい馬に出資することをためらわれている事例は多いです。

そこで威力を発揮するのが、長年の経験に裏打ちされた目利きだと思うのです。
これは未経験者にはできないことです。
経験がない以上、人の意見に頼るより他がないというのが、ほとんどだと思いますので、その点において、ベテラン一口馬主の優位は動かないと見ています。

別に、目立たない力かもしれませんが、単なる当て推量でババを引くことと、堅実な目線で無理することなく良い馬を選べることとでは、天と地ほどの差があることは、肝に銘じておくべきでしょう。

ベテラン一口馬主にとって、その強みを最大限活かすとすれば、それは堅実性に基づく出資であり、好機を待つ姿勢ではないでしょうか。
優先出資は確かにワクワクしますが、その期間にいい馬が全て売れるとは限らないどころか、十分過ぎるほどのんびり良い馬の成長を見守れるのが毎年恒例なので(笑)、そんなことを考慮しながら出資戦略を練ることで、精神的な負担も少しは軽くなるでしょうし、無理することもなくなり、それが結局、スッキリとした頭で冷静な判断を促すことに繋がっていくのではないでしょうか。
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