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相手を知り自分を知る瞬間☆

週末は、飲み会三連チャンでした。
連チャンの最後は、正式には飲み会ではなくて会食みたいなものでしたけれど。

連チャンの中日は、わが社で日の出の勢いの後輩の送別会。
転職するのは、本人にとっても一大決心だったでしょうから、私ども有志でせめて元気に送り出そうという会が開催された訳です。
そして、わが社の元気な若手やバリバリの先輩たちが顔を揃え、愉快痛快な一時となりました。

転職する後輩は一際バリバリしていますし、今どき珍しく男気もあるし、義理堅い人物なので、辞めてしまうのは当然ながら残念無念。

私は一度も一緒に仕事をした訳でもないのに、彼とはなぜか意気投合してしまい、ススキノで一番遊んだ仲でもありました。
周囲にも「おめーら、本当に仲がいいな!」と言われてきましたが、全く不思議な縁なんですよね。

わが社の人的損失もさることながら、やはり個人的には寂しい気持ちが先に立ちます。

男らしく、そして喜怒哀楽が豊かな彼ですが、彼は人一倍繊細な面も持ち合わせていたのかな、とも今更ながらに思っています。
そういう繊細な部分を、私たちは表面上の彼の行動…並外れた頑張りや根性から、繊細さを深くは(というより、気が付かなかった?)考えていなかったように思うし、逆に転職先にはそういう部分も含めて彼を受け入れる環境があったのかな、とも考えたり。
彼は努力に見あう待遇を受けていたのにも関わらず、転職を決断したのだから。

「タジさん、俺たち生き急いでいますよね。」
と言っていたけれど、彼は彼なりの揺るぎない信念を持って、人生を突っ走っているんだなあ。
でも、せっかく新たな道を踏み出すのであれば、彼らしく元気に活躍して欲しいものです。

連チャン最後の会食は、ちょっぴり不思議な感覚の会食でした。
自分と似ていると言うと相手に失礼なのですが、しかし、価値観や考え方がどうにも似ているのです。
しかもけっこう掘り下げて話を聞いてくるのですが、それも、私ならそういう質問をするというものばかり。

…これは夢なのか?

そう思ってしまいました。
以前お会いした時も、何だか不思議な感覚だったのですが、やっぱり不思議でした。

こんなの初めてだなあ。
私が年齢と共に変わってきているためなのか。
どうもよく分からない。

でも、この不思議な会食のおかげで、知らない自分を知ることができました。

それは私が相手のお話する時、言葉はあたかも筆のように、絵を描いているのだと感じたのです。
私の言葉に、ある人は「褒めすぎ」と謙遜するし、ある人は得意気になるし、ある人には媚びを売っているように思われるかもしれない。
でも、私は嘘をついている訳でもなければ、うわべを取り繕ってる訳でもなく、私が感じたありのままをしゃべっているのです。
それをどう受けとるか?それは聞く人次第ということになりますよね。

「坂の上の曇」の正岡子規の言葉が、なるほど!と思った瞬間でもありました。
うんうん。私は言葉で絵を描いているんだな。
それに気付かされました。

それと、もう一つ。
会食の中で「あなたはご両親の愛を感じていますか?」という質問を受けました。

愛を感じている…意識的にそんなことは考えたこともないこと。
愛を語るというのがそもそも私らしくないというのもあるのですが(笑)、しかし、正直に意識はしてこなかったけれど、人への思いやりの気持ちを持つことや、自分が元気に暮らしていることが周囲の人や、そして何より親のおかげなんだと思う時、それが愛なのかもしれませんねと答えました。

でも、そんな質問をされたと言うことは、私が美辞麗句や理論が先に立っていて、人間の質がどうなのかと疑念を抱かせたのかもしれないなと思いました。
愛情豊かに育っているかは、話してみれば分かること。
それをあえて質問されたということは、私はまだまだ人間として甘いのだなと感じました。

反省し、改めていきたいですね。
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