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それは「ひらがな」でしゃべっていたんだね☆

いつも遅いお昼ご飯を食べに行く食堂でのお話。

この食堂さん、どのメニューも美味しいし、アットホームな雰囲気で家族愛に溢れているところが、すっごく素敵で大好きなんですけれど、昼飯とも夕飯ともとれない中途半端な食事と共に、毎回色んなお話を聞かせてくれるんですよね。

で、今日のお話は、学校で英語の授業を受ける年齢になって、ちょっぴり不安なお姉ちゃんに、優しくアドバイスした弟くんのこと。

どんなアドバイスかと言うと、「大丈夫だよ。みんなが、僕にひらがなで話してくれるおかげで僕は話が分かるんだから、そういう感じで大丈夫だよ。」みたいなお話。

…!?
ひらがなで、話す?

このアドバイスって色んな見方ができると思うけれど、私にはこの弟くんの言語の解釈が非常に面白いなと思えたし、相手の話を聞いて理解しようとする時、多かれ少なかれ自分なりに訳しているような感覚はありますから、弟くんの話は間違ってはいないし、筋が通っているように思いました。

ママさん曰く、「ひらがなで話す」という弟くんの表現は、誰にでも分かりやすく話してくれること(噛み砕いた話し方、説明の仕方、でしょうか)を意味していて、専門的で一般的に馴染みの薄い言葉を駆使して話すのは、「漢字で話す…?」みたいなものなんじゃないだろうか、と。

なるほどねえ。
それはそれで営業マンにも興味深い話ではあります。
弟くんの言葉を借りれば、お客様に、ひらがなで話ができているのかなって、考えちゃいますもんね。
漢字の話も時には必要だけど、でも、ひらがなで話せるくらいに物事への理解をちゃんとしなければプロではない訳だから、それって大事だよなあ、と思うんです。

そういう意識は、「相手の目線」で話を聞いたり、話をすることに通じているようにも思えますしね。


ママさんもやはりその話を聞いていてハッとさせられたらしく、「当たり前のように相手の話を聞いて理解しているけれど、思えば人間っていくつになったらこういう能力って身に付くのかねえ」とおっしゃっていましたが、物心ついた時にはもう自然にできてしまうことって、実は凄いことなんだよなと感じます。

小さな子供から学ぶことってありますよね。
そして、大人になったからと言って偉くなる訳じゃないんですよね。

「賢なる者はその大なるところを識り、賢ならざる者はその小なるところを識る」というけれど、私はこの小さな賢者から、多くを学ぶことができただろうか。
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